(T) アンダンテ ニ長調
一ページに収まり、一分にも満たない第一曲目は即興的な性質に溢れた小品です。また音楽的なミニチュア・スケッチともいえるでしょう。短い曲中において頻繁に転調が繰り返されるメロディーはどこか空想的でやや気まぐれな雰囲気を持っています。これには拍子が一定ではない、常に揺れ動くリズミック・パターンに要因があり、特にクライマックスを含む重要な部分では6/8拍子と7/8拍子が交互に入れ替わることが挙げられます。バークリーはこの小品において、この流動的なリズムの上での陰影と繊細で変わり易い気分を表現しています。曲は幾度かの転調の後、基調のニ長調で閉じられます。
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(T)
(U) アレグロ・モデラート ハ長調
第二曲目、アレグロ・モデラートは朗らかで心躍るようなハ長調の旋律で始まります。デリケートにメロディーを縁取る左手の効果的な伴奏は常に一定のリズム(8分音符)で進行されていきます。この小品においてもバークリーの作曲技法の特長、厳選された素材で最大限の音楽的効果を上げることに成功しています。作品の目立った特徴は、全体に緊張感を与えるべく随所に置かれたアクセント、そして曲のキャラクターに説得力と躍動感を与える休符への配慮とが、特に注目に値するポイントと考えられるでしょう。旋律の概略的な和声進行は,ハ長調からヘ長調,そしてト長調に転調され,基調のハ長調で完結されています。
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(U)
(V) モデラート ト長調
レガートの歌うような旋律と軽妙なスタッカートのコントラストが美しい第三曲は下降する六度音程のテーマで特徴づけられています。この六度音程はバークリーがピアノ・ソナタの全般でもキー・ファクターとして用いた音程でもあり、彼が特別に気に掛けていた音程であることが感じられます。曲の和声進行として、この音程を使ったメロディーはト長調で始まり、変ロ長調から変二長調で繰り返され、イ長調を経てから基調のト長調における変奏されたテーマをもって静かに閉じられます。
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(V)
(W) アンダンテ ホ長調
第4曲のテンポ表示は再びアンダンテですが第一曲目とは全く異なるアプローチが展開されています。悠遠の彼方にあるものに想いを馳せるが如くノスタルジーに溢れた叙情的な小品です。アルベルティ・ベースの変形のような伴奏がデリケートに旋律を縁取ります。冒頭のメロディーはベースに置かれ、後に対話のような形で右手に移行されます。曲の終結部では、両手の旋律が五度音程でデュエットのように奏され消え入るようにフェイド・アウトします。
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(W)
(X) アレグロ イ短調
バークリーの調性におけるその感性は、非常にデリケートで一概にイ短調といっても、作品にその調性が示す独特な雰囲気やイメージを必ずしも直に反映しているわけではありません。彼の短調と長調、双方の扱い方には極めて多義的な要素が含まれており、そのことを顕著に示している"五つの小品"の最終曲、アレグロがその一例として挙げられます。曲は常に移り変わる拍子記号のために流動的です。また全体を通して調性を捜す如く頻繁な転調が見られますが、最終的にはアクセントを伴う基の音、"A"(ユニゾン)で決然と終えています。
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(X)
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(T)〜(X)
井田久美子 2005年 10月
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