今回の「六つの前奏曲」はピアノ・ソナタの完成と同年1945年の作品でバークリーのピアノ作品中でも、各曲の完成度の高さと特有のリリシズム、均整のとれた統一感を特長としており、演奏頻度も高い比較的ポピュラーな作品です。もともと、この前奏曲集はバークリーがBBCラジオ局のプロデューサーからプログラムの間奏曲用に短めの音楽を委嘱され着手したものでした。しかし結果的にはこの企画は成立しなかったものの、バークリーは全六曲を完成させて六曲からなる前奏曲集としました。この作品で彼は技巧的にはアマチュアのピアニストでも弾けて、尚且つピアニスティックな要素にあふれている内容を意識し作曲しましたが、作曲家自身が後に「いざ全六曲の完成をみると六曲中、二つの曲(第一番と第三番)はテクニック的に予想を超えて難しい、そうかといってヴィルトゥオジティーを必要としている訳ではない。」と、ある程度の演奏技巧上での難しさを認めています。バークリーの少し後のピアノ作品、“スケルツォ”作品
32 / 2(1949)“演奏会用練習曲、変ホ長調”作品 48 / 2(1955)はピアニストのコリン・ホースリーに献呈されており、前奏曲完成の四年後の1949年に、このピアニストによって“六つの前奏曲”が録音されています。またバークリーはこの作品の完成の年1945年に、三年間プログラム・プランナーを務めたBBCを離れました。この頃に書き上げたその他の作品には第二次大戦が終わる一年前のフランス開放のオマージュ、ピアノ曲“Paysage”(1944)、“ウォルター・デ・ラ・メアによる五つの歌”作品26(1946)、“スタバート・マーテル”作品28(1947)、“ピアノ・コンチェルト”作品29(1947)などが挙げられます。映画音楽を手掛けた英国作曲家は数多く、例えばヴォーン・ウイリアムズ、アーサー・ブリス、ウイリアム・ウォルトンやアラン・ロースソーンなどが挙げられます。バークリーもそのような作曲家の一人で、「Hotel
Reserve」、「Out of Caos」(双方とも1944年作)そして1948年の「ザ・ファースト・ジェントルマン」など映画のための音楽を書きました。
ピアノはバークリーが特に好み作曲の際に多くのインスピレーションを与えられた楽器でもあります。そのピアノのために作曲された"六つの前奏曲"はヴァラエティーに富む曲想で書かれており、その特有のピアニスティックな作曲技法は注目に値します。彼が音楽的影響を多大に受けたラヴェルの音質にも似た第一番など全六曲を通してオリジナリティーにあふれたそのフレッシュで透明なテクスチャーは彼が敬愛してやまない童心のモーツァルトの音楽のように、実は非常に高度で洗練された技術とセンス、フィネス(finesse)を要する楽曲であるといえるでしょう。
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